クロスバイク。
淀城跡は新しい方(徳川時代)の淀城らしい。初代(豊臣時代)は500m程北にあったらしい。
(さらに調べると本当の初代は室町時代頃に作られており、淀城はそこから数えると3代目らしい。)
淀水路の河津桜はかなり葉桜になりつつあった。1〜2週間前に来れば良かったのかな。
でも葉桜も結構いい感じだった。枝垂れ桜はつぼみがふくらみかけていて、来週には咲くのではないかと思われる。
この淀水路,淀城を囲む堀や水路の名残の一部と思われる。
明治23年の地図によると,旧宇治川は横大路のあたりから京阪本線に沿うように南下し,淀城と納所の交差点の間を通って桂川に接続していたようだ。つまり淀古城と淀城の間に旧宇治川が流れていた。またその地図ではすでに川筋は変えられていたようだが,旧木津川は久御山町役場あたりから北上して現在の淀大橋あたりを通り,13号線の淀木津の交差点あたりで桂川に接続していたようだ。交差点の名前の由来だろう。その他,旧巨椋池方面からの幾筋かの川がこの付近で合流していたようだ。現在の形に落ち着くまでの川筋や地形の変遷は複雑でよくわからない。この地方の治水に係わられた多くの方々のご苦労が忍ばれる。
背割堤の方へゆくと、さくらであい館が昨日オープンとのことで、記念イベントが開かれていた。展望台ができていたが、登らず。
淀城跡にて。
淀水路の河津桜。枝垂れ桜はまだつぼみ。